コラム

20代で心筋梗塞になった話

今週のお題「人生最大の危機」

それは2017年の1月8日のことだった。

朝、起きると妙に気だるい。それと同時に胸の奥がなんとなく重苦しいというか鈍痛がある。

私は年に一回は必ずといっていいほど風邪をひくのでこのような体調不良は慣れっこではあるのだが私の風邪は決まって鼻にくる。

このときは、鼻水の症状はなく、だるさと胸部の鈍痛だったので辛くはないが何ともストレスの溜まる不快感だったのを憶えている。

風邪は早く治すに限る。かといって風邪ごときで薬を飲んだり病院へ行ったりするのは好きではないので栄養ドリンクを買って飲むことにした。

栄養ドリンクにそんな即効性はないであろうが正午のあたりには胸の痛みも気にならなくなり、だるさもかなり軽減していた。

症状がはっきりと現れたのはそろそろ日付が変わろうかという23時頃だったと思う。

胸のあたりがどうも痛い。万力で胸を締め付ける…などと言っては大げさで誤解を招きそうだがなにか大きなものでゆっくり、ゆっくり胸を、心臓を圧迫されるような鈍痛だ。

「狭心症か」

私が真っ先に疑ったのはこれだった。

というのも私は日頃の不摂生が災いして29にしてかなりの病気遍歴の持ち主であった。

28の夏に胆石発作で緊急入院、胆嚢摘出。

29の夏に糖尿病の診断。

そして年が明けて間もないこの時期にこの事態だ。

この胸の痛みは胆石発作の時によく似たものだった。胆石発作の時はこれの比ではない痛みで、たまらず救急車を呼んだが今回の胸の痛みは耐えられないものではない。

だが胆石発作の時も急に痛くなったわけではなく、徐々に徐々に痛みがまして行った感じだった。

今回の痛みもこれがピークとは限らないし、何より胸の痛みというところに重大さを感じる。

朝一で病院に行くことも考えたが、大事をとって救急病院に行くことにした。

私自身、救急病院の受診は初めてだったのだが、仕事柄救急車に乗る機会も結構あり、救急病院での付添も数度経験している。

そのため、混み具合からだいたい2時間待ちくらいかな…と予想したのだが、病院に到着して20分程度で診察室に通された。

救急病院では一般の診察と違い、緊急性が高いと思われる患者から順に診察していく。

胸部の痛みというのはそれだけ重要度が高いということなのだろう。

診察室に入るとまず心電図を取らされた。

事務的な問診と流れ作業的な心電図という医師からしてもルーチンワークをこなしていると言わんばかりの淡々とした診察が私の心電図を確認した瞬間に顔が曇る。

私は鈍感で察しが悪いほうだとは思うのだがこういう空気感というのは不思議なものだ。「これちょっと変だぞ」という空気が変わる瞬間が手にとるようにわかった。

私は医師達の会話に耳を済ませた。

医師A「この患者さん狭心症っぽいんだ。だから〇〇先生呼んでこなくちゃ。だから〇〇さんの件任せちゃっていい?」

医師B「はい、わかりました」

医師A「ロージャさん、念の為エコー検査もしましょう」

私「狭心症なんですか?」

医師A「そうですねー、ロージャさんの場合糖尿病もあるので…」

診察から大きめの処置室に移動させられそこでエコー検査をすることになった。

まずはニトロスプレーを舌下噴射。これが強烈に苦い。

エコーで心臓を見るとこれといった異常は見当たらない。

医師「収まったみたいですね」

私「そうですか」

医師「ただロージャさんの場合、狭心症の可能性が高いので通院が必要ですよ」

私「わかりました」

胆嚢摘出、糖尿病と20代にあるまじき病気を連発した私はさすがに生活習慣を改め、日常的な運動や食事制限を始めて間もない頃であった。

ようやく健康に向けて一歩を踏み出したところで今度は狭心症とは…

この時の私は災難が続く程度に考えていた。

だが実際は運動や食事療法を始めたと言っても全く気にしていなかったのを少し気にするようになった程度。タバコも吸い続けていた。

狭心症まで患ったからにはそろそろタバコもやめなきゃなぁ…なんてことを思っていた私にさらなる過酷な現実が突きつけられることとなった。

それは本当に偶然であった。

勤務を終えた循環器科長が帰宅する前に何の気なしに救急医療室に顔を出したというのだ。

私を診察した医師とその他2名程度の医師たちと何やら話をしていた。

循環器科長であること、20代という若さで狭心症であることの珍しさから多分私のことが話に出たのだと思う。

循環器科長は帰り支度を済ませた私服に室内だというのにダウンジャケットを着たまま、車のキーをチャラチャラと鳴らしながら私のもとに来た。

循環器科長「循環器科の〇〇です」

そう挨拶すると私服のまま私の胸にジェルを塗り、エコーで私の心臓を見始めた。

科長「胸痛かったの?」

私「はい」

科長「いつから?」

私「今日の朝からです」

科長「ふーん……心電図見せて」

ペーパータオルで私の胸と自分の手を軽く拭うと循環器科長はまた奥に引っ込み、私の担当医とその他3名の医師たちと会話を始めた。

私は聞き耳をたてた。

「いくら20代と言えど……」

「糖尿病もあるし……」

「タバコも吸ってるようだし……」

「とりあえず血液検査……」

計5人の医師で話し合っていたようだが内容は断片的にしか聞き取れなかった。

だが感じとしては循環器科帳がみんなの意見に反論しているような感じだった。

5分ほどだろうか。話し合いがまとまったようで循環器科長が私の前に来た。そして衝撃的な事を口にしたのだ。

心筋梗塞です。直ちに入院してください。

これが私の人生での最大のピンチであっただろう。2年前の話である。

この後も書きたいエピソードは山盛りなのだが、このペースで書いてしまうとおそらく1万字を軽く超えてしまうので断腸の思いで割愛する。

大雑把に説明すると本来私は狭心症で薬を処方されてそのまま帰されるはずであった。

それが偶然立ち寄った循環器科長が私の心筋梗塞を見抜いたのである。

この循環器科長がそのまま私の主治医となり、今でもお世話になっているのだが当時の話を診察の時に聞いてみた。

20代で心筋梗塞を発症するのは日本では年間数例しかない。その珍しさから当直医は誰も心筋梗塞を疑わなかった。

科長だけが私の心筋梗塞を見抜き、直ちに入院させるべきと判断したのだが「それはないだろ」ということで揉めたらしい。

心筋梗塞を起こすと血中のある成分が上昇するのだが私はその数値が上昇していた。

それでも20代での心筋梗塞は相当珍しいらしく、科長以外は心筋炎、筋膜症を疑っており、入院中にたびたび医師たちが定期回診とは別に問診に来ていた。

最終的には3DCTスキャンを行い、詰まった箇所を確認して確定診断と至った。

あの時科長がたまたま救急医療室に立ち寄らなければ果たして私は今生きていたのか。

人生最大のピンチであったが、ピンチは逆にチャンスでもあった。

一度死にかけた。という経験は私の生活習慣を見直す大変大きな転機になった。

1日60本のタバコを吸う超ヘビースモーカーでまったくタバコのやめられなかったが、心筋梗塞を機に禁煙できた。

最大8.8%あったヘモグロビンA1cも今は5.8%。

運動とともに高めであった尿酸値や脂肪肝を示す肝臓の数値も正常値に戻り、なんならば同年代の人間より健康的な体になっている。

心筋梗塞と言われた時はなんと軟弱な体なことか!と嘆きもしたがこの歳で心筋梗塞になれたことで健康的な生活と体を手にすることが出来た。

健康は損なわないとありがたみがわからないとよく言うが渡しの場合、死にかけるまで気づけなかったことは大変情けない。

だがこうして健康的な生活と体を手にすることが出来た。今は心筋梗塞に感謝している。

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