コラム

日本は今こそ捕鯨をやめるべき【禁断の味を思い出すな、覚えるな】

7月1日に商業捕鯨が31年ぶりに再開され、2ヶ月が過ぎようとしている。

以前は世界で積極的に行われいた商業捕鯨。取り過ぎで絶滅が危惧されるとクジラ資源を管理する国際捕鯨委員会(IWC)は商業捕鯨の禁止を打ち出した。

2018年9月に日本はクジラ生息数の回復を理由に商業捕鯨の再開を提案したが否決された。

背景には捕鯨の禁止が資源管理から人道的理由に変化したことにある。

従来、クジラは世界中で重宝されてきた。鯨肉は貴重なタンパク源であるし、クジラから採取される油、すなわち鯨油は燃料、ろうそく、潤滑油、洗剤など、多様な目的に利用された。

近代捕鯨の目的はむちろ肉よりもこちらの需要のほうが大きかったかもしれない。

だが、農業や牛や豚等の畜産技術の発達、石油製品の普及などから、クジラは食料、資源という認識から保護動物という認識に変わってきた。

数が減ろうが増えようが保護動物を食べるために捕まえるという日本の主張が通らないのはある意味当然である。

このような認識の違いから、これ以上IWCで議論したところで商業捕鯨の再開は望めない、との理由から日本はIWCを脱退することを選択したのである。

そして今年の7月1日商業捕鯨が再開され、この日からさっそく釧路港と下関港から捕鯨船が出発し、捕鯨を行ったとのこと。

www.afpbb.com

商業捕鯨に関わってきた人たちからは熱い声援が送られていたようだが商業としてみると捕鯨の先行きは怪しい。

www.kahoku.co.jp

abematimes.com

捕鯨解禁で一部の地域や料理店では活況の中、日本全体では冷ややかなムードであると言わざるを得ない。

私もそうであるがそもそもに今の若い世代は鯨肉の味を知らない。

捕鯨が解禁だれた→鯨肉が食べられる→よし買いに行こうとはならないのだ。

商業捕鯨解禁と言っても捕鯨できるのは数が十分に回復した数種類のクジラに限られるし、ほいほいと無制限に捕ることも出来ない。

鯨肉は今後も一定の価格が維持され、高級肉という位置づけは変わらない。

そんな中、世界の反対を押し切って商業捕鯨を再開するメリットがどこにあるのか。

これには天下りや談合と言ったような政治家と捕鯨団体の利益に関わる繋がりがあるのではと勘ぐってしまう。

日本は今こそ捕鯨をやめるべきなのだ。

もちろん、なぜ日本の食文化を外国にとやかく言われなければならないのかという反論はあろう。

だが幸いにも我々は鯨肉の味を忘れかけている。

もしこれが鯨肉ではなく、「和牛」だったとしよう。和牛を食べることは非人道的で到底容認できないと世界から非難されても私達は簡単に和牛を手放すことなど出来ない。

万が一、商業捕鯨の再開で日本人が鯨肉の美味しさを思い出したら…その味を知ってしまったら…

今よりも遥かに捕鯨をやめることが困難になる。

中国とアメリカの外交を見てわかるように世界の外交は複雑だ。

右手では握手を交わしながら左手では殴り合っている。

反社会的という言葉が話題になったが捕鯨は今や反世界的行為と見なされている。

何か日本が外交で問題が生じた時に「捕鯨国である」というカードを切られるのは非常に馬鹿らしい。

また、捕鯨するために外交カードを切ることも馬鹿らしい。

鯨肉の味を忘れかけている今こそ日本は捕鯨をやめるべきなのである。

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